新井裕己墜つ
山スキー、Mountain Skiing。山のラテン語は「Montanus」。大きなという意味だそうだ。日本語でも「山のような」と言えば、とてつもなく大きなと言う意味で了解だろう。イタリア語の「Molto」は沢山の意味だ。我々は限られたスキーエリアでは無く、とてつもなく大きな広いエリアで母なる大地でSKIする事を望む。「Chamonix-Zermatt」の「The Haute Route」は一方の究極の憧れで有り、私達も1週間でなんとか達成し4/22に帰朝した。
もう一方の行く先は「エクストリームSKI」と言えるのだろう。50度60度の斜面を、またはアプローチに雪崩の巣をかいくぐり初滑降の記録を残す。アドベンチャースキーと言えば三浦雄一郎さんが有名だが、山スキーの世界ではちょっと趣旨が違う。昔から限られた変わり者が国内でも存在した。現在の日本では「新井裕己」が第一人者の一人で有ることは間違いないだろう。鹿島槍北壁・北鎌・大沢崩れ・ニペソツ等が知られている。読売28日夕刊によると、その新井裕己が墜ちた。五竜から墜ちた。どうやら私達の帰朝の翌日の4/23に墜ちたようだ。武田菱B沢を狙っていたような情報も有る。
山スキーMLでは、そのくだけた文章にもかかわらず、憧れる人と眉をひそめる人に分かれていたのではないかと思う。もう少し大人しい文章にすればエクストリームの共感者・応援者を増やせたのでは無いかとも思える。しかし、その功績は紛れも無く一級品であり、記録の価値が下がる物では無い。人が行かない斜面を捜し、偵察をし雪の状況を検討しエスケープルートを見つけ、天候を待ち成功したら山SKI-MLに「ちょっと、行って来ました。」と報告。その裏には周到な準備が。
32歳、東大スキー山岳部監督、日本山岳協会選手強化委員。岩壁の方にも功績を残しつつあった様だ。その言動をけなすおじさんも実はファンだったのだ。50台には出来ない、高所恐怖症のスキーヤーには出来ない。憧れの若者だったのだ。これで日本のエクストリームスキーは10年は停滞するのでしょうか?海外にもアピールの出来る無限の可能性を持ったスキーヤーが墜ちたことは、眞に残念。心から冥福を祈りたいと思う。
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