矜持
何かの出来事がトラウマになっているのだろうか、私は小さい頃から引っ込み思案だ。親父を訪ねて来る大人と話をするのは苦痛だった。子供扱いされるのは真っ平ご免だった、小さい頃から。物知り顔で興味本位で話しかけてくる大人は嫌いだった。子供の人格を感じて丁寧な言葉で話しかけてくる大人には、かろうじて返事はしていた。あれは何故だったのだろう。幼稚園の時代から矜持だけは大人並みだったようだ。運動能力も、知識も知能も大人に負けていない、認めてくれという意思表示だったのかも知れない。
人前に出るのが嫌だった。同年代の子供達に向っては、私に従う人には優しくて、対等の立場で接してくる人には敵対心で迎撃した。いや、撃墜した。でも一人二人の親友には心を許してはいた。人前とは同年代の事では無く、その取巻きの年上の兄弟や父母達の事だったのかも知れない。そういう意味では幼稚園の頃から卒業式の総代なんかも仰せつかうのだが、多分、知らない大人達の好奇の目に晒されるのが苦痛だったのだろう。口上を述べるのが苦痛では無く、知らない大人に聞かれ評価されるのが苦痛だったのかも知れない。
人の評価を気にし過ぎていたのかも知れない。そういえば受験も自分の行きたい処よりは、ネームバリューで選んでいたような気もする。現役では合格したくなかった。浪人という箔(自分の中では)を付けてから勝負だと。多分何をやっても巧く行く予感は有った。そのまま進めば他人の痛みは感じずに、自分の価値観の中だけで生きて行く事になったのだろう。世の中は敵と支配下の子分しかいないと感じていたのかも知れない。先輩達も利用すべき者、言い換えれば子分に過ぎなかった。
変えた。猫背も根暗も水虫も直した。あだ名も自分でつけ直した。全ては自分の意志で何とかなると思った。やりたい事は口に出せ。思った事はほらを吹け。心に感じ入る事はやりたいと口に出せ。口に出す事で実現しようと自分に自覚が生じる。プレッシャーを掛けることが出来る。でも出来なくても良いのかも。感動して動いたと言う事実が重要なのかも知れない。動いたつもりなのに、変えた後は跳べない、変化が怖い。未知へ飛び込めない。またしても引っ込み思案。馬鹿は死んでも治らないのかもね。
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