2009/06/13

男子の本懐か 幼稚な頭脳か 無責任辞任か

 むかし、むかし、いやそんなに古い話ではないけれど、50年も前にずるいが居た。ドッジボールで相手のボールがかすったのに、「当たっていない」と言い張る奴。みんな腹が立つので、よし顔面に強打してやれと投げるのだけれど、そんな時に限って上手くよけるのだ。でも「正しくない事が通るなら、ドッジボール止める。」と言って帰る子は居なかった

P1030026_2  「正しい事が、正しく通らない組織にはこれ以上居る訳にはいかない。辞めさせてもらいます。」言葉はカッコイイ。鳩山さんは以前から西川さんを辞めさせると公言していた。結果を残せず自らが辞任せざるを得ないのは敗北と言えるでしょう。何の戦術も行わず「匹夫の勇」と言っても良いのかな。何故廻りからそんな空気を作っていく努力をしなかったのだろう。

 物事を達成するのに、直球しか投げれないでは無能。大事を任せる事は出来ない。木を見て森を見を見れない。いやその前に、内閣チームの目標・目的はどうなったの。大きな目標達成の前には一つ位の敗北も許容範囲でしょう。それを省みず、一事が万事になってしまったの? 大きな目標の為には一つ折れるのも必要ではないの。これ、民間会社だったら毎月辞任しなくてはいけませんね。

 でも男鳩山、見識が有るから大臣になった人は、職を辞して西川更迭の勝算が有るのでしょう。「国民の思い。」と言うくらいですもの。男鳩山の真価をきっと見せてくれるでしょう。西川に不満の国民の期待は絶対に裏切らないでしょう。きっと西川更迭を達成する勝算を持っているのでしょうね。民間会社で筋論辞任をする人は、新会社を興して思う成果を挙げるのが普通です。鳩山さんに期待大ですね?

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2009/06/05

天安門事件 中国政府は旧日本帝国に酷似

 6月4日は、「天安門事件」の20周年記念日だそうだ。今日の報道によると、香港では15万人の集会が有ったそうだ。天安門のその場では、私服の警備員が観光客よりも人数が多かったとの推計も有るそうだ。15万人は何を主張したのか? まさか当局万歳を主張した訳では有るまい。「民主化を要求する」と言う事か?

P1030017_3  わが国では、学生が大学自治の民主化等を訴えて、日大闘争・東大安田講堂事件などが1960年代に起きた。文化的には衣食足りた頃に精神的要求闘争事件が起きるのかも知れない。中国で20年後に起きた事件も、その面では納得できるかも知れない。「フランシーヌの場合」は樺美智子事件と並び語られる。 (写真は芍薬)

 しかし、その後の国・社会の対応は余りにも違う。余りにも悲しい。第2次大戦について「正しい歴史観を持たない日本、教えない日本」と糾弾する政府は、天安門事件について「正しい歴史観を持たず、教えない中国」になっている。国際社会の要求する「事件の概要・死者・行方不明者に付いての説明」を頑なに拒否する姿勢は、彼らの責める旧日本帝国に酷似する。

 事の正誤は、今は判らない。心情的には民主化要求が正当だろうと思えるが。判断は歴史に任せるしか無いのかも。物には二面性がある。「今日出来る事を明日に延ばすな。」はベンジャミン・フランクリンの有名な金言だが、ラテン系には「アスタマニアーナ(明日でよい事は今日するな)」の教えも有る。反対意見を撲殺する時、権力主導の民主化はやはり民主化の精神を失うのだろう。

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2009/06/04

対北朝鮮 戦略は? 説明責任は?

 6月4日は「虫歯予防デー」だ。もし世界が67本の歯だとすれば、北朝鮮と言う虫歯は0.25本に過ぎない。でも隣りの1.3本の健全な?歯にとっては脅威だ。虫歯菌(ミュータンス)の発生する酸により歯が溶かされ穴が開いた状態に為る事を「虫歯」と呼ぶらしい。虫歯のたちが悪さ加減の一つに、初期には自覚症状が無い事が上げられる。

Sany0056_2  我が国の政府はこの虫歯菌の様な国の「脅威の程度」を国民に知らせる義務が有る。又、この菌が「何をもたらす恐れが有る」のか、「どんな準備と防御が必要なのか」「今どの程度の防御体勢にあるのか」、今後「行うべき予防対策は何なのか」「費用はいくら掛かるのか」を説明する責任が有る。

Sany0072_2  戦争は駆け引きだ。北朝鮮と他の国は、もう戦争状態だ。中国・ロシアは駆け引きで動いている。西側諸国も効果を出す為の駆け引きと戦略・戦術が必要だろう。効果的な「アメと鞭」を見つけるのは難しいって訳か。アメリカは伝統的に強硬派として、イラクの様に解決を台無しにする

 ルーズベルトの強引な主張に拠る「カサブランカ宣言」の無条件降伏要求は、恐怖心から日独を2年間持ちこたえさせたと言われる。戦争にも勝者・敗者に暗黙の了解が必要な訳だ。いわゆる一般社会でも家庭でも、相手か目下を叱っても、逃げ場を与えないと、窮鼠猫を噛む訳だ。叱るのにも戦略を考えていますか?叱り下手な上司、滑稽ですね。貴方は違うけれど。

すみません。写真は中国の牡丹江です。誤解の無いように!

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2009/05/29

2008 Haute Route Story Vol. 8/8

10. 6日目  4月18日

6:45Vignett小屋(3194m)-7:00(3035m)7:15-8:25Col de L'Veque(3392m)8:50-9:15(2865m)9:30-10:50Col du Mont Brule(3240m)11:00-11:10(3095m)11:20-13:15Col de Valpelline(3565m)13:45-15:45Ski終了(1660m)-歩行-16:05Zermat

下降160+530+145+1905=2740m(合計8620m)
登行355+375+470=1200m   (合計5790m)

 いよいよ最終日だ。さてツェルマットまで行けるのだろうか。TakeもShowも前回は無念の涙でアローラへエスケープしたらしい。Takeの2004年は大荒れの天候だったそうだ。5時半朝食、6時半出発の予定だ。

 6時15分にはほとんどのメンバーは、小屋を出て外の狭隘部分を通過し、広い場所で出発の準備をしている。天候は快晴だが雲の流れも激しい。多難な状況も考えられる。今日は3つのコルを超えて行く。レベックのコルを超え、やや下った辺りでクリストファーとフランキーがうなずきながら打合せをしている。やがて言い難そうに、クリストファーが「日本人5人とスティーブは、ちょっとこちらへ来い。」と言う。

Coldeleveque3_2  やがて切り出したのは、「スティーブ・Take・Yama・Hiroは、俺とここからアローラへ降りる。ShowとMontaは他のメンバーとツェルマットへ行っても良いし、仲間と一緒にアローラへ降りても良い。どちらか決めろ。」と。ShowとMontaはためらわずにツェルマット組を希望した。Take・Yamaはシャモニーへ戻る。Showもシャモニーへ戻る。Montaは皆と別れてイタリアへ旅立つ予定なので、二人とはここでお別れだ。ガスの合間に陽光が差す印象的な風景だった。気温は-18度位で上着やザックに雪の華が咲いている。

 モンブルールのコルへは快適なシール登行の後、45度はあろうかと言う急斜面に出くわす。当然アイゼンと思ったが、フランキーはツボ足だ。廻りにはアイゼンを準備する人もいるが、ガイドに信頼を置くMontaは迷わずツボ足にする。ツボ足で肉食人種に張り合うのはよそうとゆっくり登っているつもりが段々と差が縮まってきた。体調は益々良くなっている様だ。最後のバルペリンのコルへの登りも3500m級だが楽に歩けた。

Coldevalpelline5_2   ピエールと「マッターホルン見たいね。絶対見えるよね。」と話しながら歩く。先頭から1~2分の遅れでたどり着いたコルには、マッターホルンが勇姿をかいま見せてくれた。一瞬だが全容も見えた。速い雲の流れの中、何度かその姿を見せてくれた。写真撮影のあとは標高差1900mの滑降を残すのみだ。実に長い。コルから2700m辺りまでは、雪も軽く快調に飛ばす。ほとんど止まらない。その後はやや雪が重くなって滑り辛くなってきた。おまけに斜度が落ちてトラバースが多くなってくる。シャンペで手入れをしたスキーソールは人並み以上に滑ってくれる。緩斜面で先行者に追いつく。

Forzermatt3_2  2100mで一度スキーを脱ぎ車道を歩く。「オンリー10ミニッツ」とフランキーが言う。少し荷作りをして、水分を補給していると、取り残されてしまった。ペースを上げて小走りに30分くらい歩いたが全く先行者に追いつかない。標高も1900mまで降りたのに。その頃先行者の間では「Monta行方不明」で、ホイッスルを吹いたり、フランキーは登り返し、他の人は待機とか大騒ぎになった様だ。車道を走り降りるMontaを斜面の上から呼ぶ声が聞こえた。Showだ。道路を10分下ってすぐに斜面の中に戻ったらしい。30m位の斜面を強引に登って目出度く合流した。やや下って待機中のジャンピエールや戻ってきたフランキーとも合流した。

Zermatt1_2  コースに戻ってみれば何という事もない。何事も無かった様に、スキーコースを8人とフランキーは飛ばす。あっと言う間に雪が途切れる最終地点に着いてしまった。本当に待たない連中だ。ここからツェルマットの街までは約20分の歩行だが、これも速い。

 駅前広場に着くと、なんとクリストファーとスティーブが居る。聞けば、TakeとYamaも後で下の駐車場で落ち合う手筈だと言う。アローラ組は大型タクシーでアローラからツェルマットへ回ってきて数時間待ったようだ。シャモニー帰還組を拾ってシャモニーへ帰る事になっているようだ。

 レストランの屋外テーブルに席を占領しビールで乾杯をする。「マッターホルンが見えるまで人に見せてはいけなかったんだ。こいつのおかげで見えたんだと思う。」とお守りのラッキーチャームを皆の前に出したら、ピエールと広告屋のアラールが「うん、6個とも判る。面白い。」と言った。ジョージが「ガイドにチップを渡したい。」とカンパ袋を回してきたので「いくら?」と聞くが「気持ちだ。」と言う。€20を入れた。

 駐車場でTake・Yamaと束の間の再会をして改めて別れを告げ、Montaは再度街へ向った。街を見物した後で切符を買いに駅のチケットオフィスへ入るとHiroにバッタリ出逢って夕食を共にする事になった。「世界は狭い。」彼はツェルマットに宿泊するので、宿を探すからとアローラ組とは先に別れていたそうだ。Montaの乗る列車が出る9時まで二人は充実の6日間を祝って杯を傾けた。

11. 終わりに
 
 Haute Routeを安全に踏破するには、日本で募集するパッケージツアーに申し込む、個人ガイドを雇う、ガイドカンパニーのオープン募集に参加する等の選択がある。それぞれのニーズに合えばどれも正解でしょう。我々はガイドカンパニーのコースに入ったので、これに限定した報告になっている。

 オープン募集コースでは、参加者のお国の山スキー事情が聞けるなどの面白さがある。反面では参加者の質によって、そのチームの雰囲気・ペースが決ってしまう恐れがある。今回は多くの事を学べ、雰囲気もペースも良かったが。

 道具はスキー・シール他、レンタルでも良い品物を貸すので、自分の道具に少しでも不安が有る時はレンタルが良いかも知れない。山行以外の荷をどうするかも重要な問題だ。シャモニーのホテルに預け、シャモニーに戻るのが一番合理的に感じる。荷物の回送は曜日と方法が課題として残った。ガイドカンパニーに依頼するのはかなり高価なものについた。

 体調と体力が重要なのは言うまでも無い。高度問題は、どうしても順応出来ないと言う例は聞かない。個人的には適度な負荷が日増しに体調を整えてくれ、帰国後かなりの期間体調がすこぶる良いというおまけも有った。

 もう一度、行きたいかって?勿論でしょう。

12. 付録

 自分で手配したい方の為に各会社のURLをまとめておきました。

ガイドカンパニー
http://www.chamonix-guides.com/pages_stat_fr/compagnie.html
エールフランス
http://www.airfrance.co.jp/index.html
ルフトハンザ    
http://www.lufthansa.com/online/portal/lh/jp/homepage
スイス国鉄
http://www.sbb.ch/en/index.htm
アルティバス
http://www.altibus.com/index.aspx
アルプスタクシー
http://www.alpestaxistransports.com/index.php?pPe=home&lan_id=5&sid=MC42MDM1MDYwMCAxMTYwODU3NjI5&id_cont=&ec=
エイビスレンタカー
http://www.avis-japan.com/ 
ホステルワールド
http://www.japanese.hostelworld.com/index.php

写真:

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2009/05/20

2008 Haute Route Story Vol. 7/8

9. 5日目  4月17日

6:50Dix小屋‐(2928m)7:10-8:10(2858m)-10:30(3630m)-11:15 Pigne d'Arolla(3796m)11:35‐12:10Vignettes小屋(3194m)

下降70+600=670m
登行940m

  本日の予定では起床5時30分、朝食6時、出発7時なのだが何故かShowがうるさい。5時から「早く起きろ」と何度も起こされる。5時半まで迷惑だから寝ていようと言うのだが、聞こえていない?

Forpignedarolla2_2   今日も快晴の天気で始まった。平坦な雪面を小1時間歩くと、ピンダローラの登りに差し掛かる。ここでもガイドの力量が発揮された場面が有る。早めにクトーを着けたり外したり、先回りで雪質を見て来たのかと思うほど的確な指示だ。登行ペースは900mを3時間だ。とても3000mを大幅に超え、富士山の標高に近い場所での登行ペースとは考えられない。それになんとか着いて行く自分にも信じられない心境だ。これが高度に順応してきたと言うことか。

   3600mあたりのプラトーに差し掛かった頃、一天俄かに掻き曇り、濃いガスに包まれた。これでは登頂は断念かと思いながら列の後に続いていると、一瞬だけガスが晴れてピンダローラの頂上が目前なのが見えた。この濃霧の中を頂上に向っていたのだとフランキーに心の中で感謝した。GPSのおかげかも知れない。頂上付近はハードアイスになっていて慎重に登る。遅れながらも頑張ってきたTakeはここで転倒して肩を痛めた様だ。この打撲傷が後々までこたえる事になる。

  頂上でシールをはずし滑降準備をする。視界も出てきて快適な滑降が続く。ビネット小屋に近くなった最後の急斜面で、Showがビデオを取り出した。ガイドのクリストファーに全員の滑降を撮ってくれと交渉している。OKが出てクリストファーは一人で先に降りて撮影準備を始めた。GOのサインが出た。誰が一番に行くのかと辺りを見回していると、みんなが「Monta行け!」と言うので、「それでは頂きマス!」と、有り難く一番の栄誉を頂いた。荒れたシュプール跡で滑りにくいが、適当に飛ばした滑りでクリストファーの横へ到着。上を振り向くと2番手がスタートしたが、そのあとは怒涛の如くそれを追いかけて全員が団子状態で降りてきた。雪質はいわゆる重パウと言うやつか。

Cabdesvignettes1_2   ビネット小屋は今回の山小屋の中では標高が最高位置に有る。日本の第2位の高峰である北岳より2m高い事になる。導入路は狭く左右は切り立った崖になっている。おまけに雪は氷化していて慎重に歩く。日本人経営者なら、従業員に踏み段を毎日整備するように指示するだろうと思うが、こちらでは危険は自己責任か。入口を入ると1階土間の透明ガラCabdesvignettes3_2 スを窓にした長い通路から屋外がよく見えて印象的だ。2階の食堂ではアジア系のお兄さんが従業員に指示し、切り盛りをしていた。2リットルのティーポットを作ってくれたおばさんに、もっと並々にお湯を入れてやれと指示をしてくれた。ユーロとスイスフランの計算も速かった。スイスにはモンゴリアンが多いと聞いているが、忙しそうで、それは聞けなかった。食事はミネストローネのスープが印象的だ。

  明日はマッターホルンが見えます様にと、ザックに入れておいたお守りのラッキーチャーム6個揃え「13の数字・四つ葉のクローバー・牛の角・亀・魚の骨・馬の蹄鉄」に願を掛けて抱いて寝た。

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2009/05/17

2008 Haute Route Story Vol. 6/8

8.   4日目 4月16日

6:05Prafleuri小屋(2662m)-7:00Col de Roux(2804m)7:20-8:30LacDix湖尻(2250m)8:50-10:25(2630m)-11:25Dix小屋(2928m)
13:50Dix小屋(2928m)-15:20Col de Cheilon稜線(3380m)-15:55Dix小屋(2928m)

下降555+450=1005m
登行140+680+450=1270m

  4日目は5時起きの6時出発だ。暗い内にスタートするが天気は快晴の様だ。予定ではコルを一つ超えるとディス湖の湖岸を長いトラバースをした後、ひたすらディス小屋に登るだけだ。

  ロウのコルまでは短い登りだ。コルからは朝日に映える山々が美しい。ヘリの音がうるさい。山岳アーミーに一部進路を変更させられる。あちらこちらで爆発音がうるさい。どうやら雪崩コントロールを爆弾で行っているようだ。観光資源・外貨獲得の源だから、安全は国家を挙げて確保しようと言うところだろうか。音はうるさいが安心感は有る。コルから湖尻へは標高で555m下るのだが、ほとんどシールでの歩行だ。

Pignedarolla2_2    一部シールをはずしての滑降もあるが大した距離ではない。湖尻からの登行も先行部隊に必死に喰らいつく、どうしても最後に100mほど追いつかない。しかし、体調は初日の160mでダウンしたのと比べると、日増しに良くなって来ている。ディス小屋でShowと乾杯ビール2本が終った頃、後続部隊が消耗しきって到着した。小屋から正面に見る、モンブランドシェロン3827mの垂直の900mの壁が美しい。左手には明日登行予定のピンダローラ3796mが真近に見える。

Cheilonski3_2    昼前の小屋到着で少し物足りないと思っていたら、昼食の後、2時頃からオプションツアーを実施するとの事で、ビールは2本で留めておいた。シェロンのコルへは結局7人で行く事になった。日本人はShowとMontaの二人だ。コルからの滑降はパウダーが楽しめた。標高差はたったの450mだが、シュプールも綺麗に残る満足の1本になった。

Cheilonski7_2  客は約50名位だ。各小屋とも50名位の定員のようだ。今夜は軍人がやけに多い。20人位いたようだ。表に停泊していたヘリはもう帰ったようだが。雪上訓練かパトロール業務中かは定かでない。この小屋には今回の小屋の中で唯一乾燥室が有る。Montaの寝床は今回の紅一点のアラール(30歳前後?かな)の隣になった。ドキドキしてる。

  夕食のスープは野菜の具が沢山で、まあまあの美味。肉とマッシュポテトもアルジェンチエールよりはかなり良い味だ。デザートはちょっと口に合わなかったが。長身のレナードからは五輪開催の北京の大気汚染について、日本はどんな評価をしているのだなどと真剣に質問されて、政治談議をどこまでするか迷ったりもした。小屋の経営者夫妻は、愛嬌を振り撒いていて、各テーブルに挨拶に回っている。100周年記念のリキュールボトル(20ml)を全員に配って廻った。今夜は少し濃い酒を頂く夜となった。あちらのテーブルで、フランキーとクリストファーがリキュールの大瓶を抱えて満足そうだ。

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2009/05/16

2008 Haute Route Story Vol. 5/8

7. 3日目 4月15日

8:00Champex‐タクシーで移動‐8:40Verbierゴンドラ乗場(820m)-9:20リフト頂上(2460m)-
9:30リフト下部(2230m)9:50-11:50Col de la Chaux(2940m)-12:10 Col de Momin(3060m)-13:20Rosablanche(3336m)14:10-14:40Prafleuri小屋(2662m)

下降230+240+200+675=1345m
登行710+260+580=1550m

 7時朝食、8時出発と聞いていたので、昨夜酔っ払って、やる気の出なかったソールの手入れを6時から実行した。滑らないのはソールのケバだと断定し、スキー置き場で道具を物色したが適当な道具が無い。では奥の手を使うしかないなと、ユーロコインを仕上げペーパーの代わりにして一生懸命にソールを研ぐ事にした。2本に45分を掛けて磨き上げた。これで滑らなかったらどうしようの不安も有るが、とりあえずやる事はやった訳だ。

 8時に、総員14名が乗れる大型タクシーがホテル前に到着し、ヴェルビエールへ向う。約30分でゴンドラ乗場に到着だ。有名なスキーリゾートなだけあって、列車の終着駅がゴンドラ乗場になっている。天候は朝からはっきりしない。雪が降ったり止んだりで晴れ間が見えたり隠れたり。

Coldelachaux2_2  8時50分にゴンドラに搭乗した。小柄なピエールと二人で搬器に入る。ピエールは相撲が好きだとの事で、横綱がモンゴル人、エールフランスが賞金を出している事まで知っている。フランキーから中間駅で降りない様に注意が有ったのだが、ピエールのあまりの日本通に驚いて注意などすっかり忘れ、あやうく降りようとしたが、寸前で止められた。リフトに乗り継ぎ、少し下ってシールを貼り登行準備を終えるともう10時になろうとしていた。曇り空の中、視界はやや回復気味で行く先が見える。心配したスキーのソールは苦労の甲斐が有り、人並み以上に滑るので一安心だ。あと4日間を楽しめる。

 上り下りを3度繰返す内に、ガイドは行けると踏んだのだろう、ローザブランシュに向う。ピークの直前でスキーをデポすると、フランキーは標高差約40m程度の急斜面をピッケルを思い切り叩きながら、風の様に舞い頂上から確保ロープをセットした。それを利用して我々は順番にピークハントを楽しんだ。あまりの手際の良さに恐れいるばかりだ。登行も下りも一人一人にアドバイスをくれる。さすがにガイドと感心した。登行ペースは先頭と後方でかなりのバラツキが出ている。

P1010406_2  ピークからは長い滑降が待っていた。視界は有るのだが曇り空の所為で斜面の起伏が見えにくい。しかし12名はかまわずに我先に高速クルーズで先を急ぐ。このチームは登行でも滑降でも待つ事を知らない。登りでフードを出したり水を飲んだりの余計な行動をしていると置いていかれるので、必死に喰らいつかなければならないし、滑降でも待たないので写真も撮れない。

Cabprafleuri1_2  プラフレーリ小屋は、山小屋の中では一番快適だった。山小屋とは思えない程だ。有料だがシャワーブースも二つ有る。部屋の照明も有料だが9時頃まで外が明るいのと、皆がヘッドランプを持っているので照明用スイッチのカードは購入しなかった。
 
 食事は日本人好みの肉料理の塊りに、付け合せはバターライスだった。医者の卵のピーターはライスが大好きなんだと、ここでも日本食の話題に花が咲いた。お隣のチームとも話がはずむ。

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2009/05/10

2008 Haute Route Story Vol. 4/8

6.2日目 4月14日

8:00Argentiere小屋(2771m)9:10Grands Montets中間駅(1970m)9:409:50Grands

Montetsゴンドラ乗場(1200m)- 車で移動-12:00Champex (Hotel1470m)

16:00

ビーコン訓練1.5h

登行   0m

下降 1570m

今日の朝は遅い。6時起床で7時10分の朝食だ。パン・オートミールとチーズと飲み物程度だが量には不自由しない。果物のジュースは必ず用意されている。飲み物と言うより料理の一品と為っているのだろうか。飲みものでは、コーヒーは少数派で紅茶の人が多いように見受けられる。

0414dep_2 2日目の予定はシャルドネのコル、サレイネの窓、エカンディのコルを経由してシャンペの村へ降りて、村のホテルに宿泊する。しかし20m先も見えない様な濃霧なので、ガイドはグラモンテのスキー場へ真直ぐ降りて、車でシャンペに向う事に決めた様だ。残念だが天候には勝てない。

Montaのスキーの滑りが悪く、緩斜面を歩いている内はまだ良かったが、下り緩斜面で他の11人に追い付けなくなってきた。フランキーは濃霧の中、待ちはしない。1人遅れたがクリストファーが濃霧の中を先導してくれる。何度ワックスを塗っても滑らない。Montaのアトミックは良く滑るソールだったのだけれど、どうしたのだ。シールの糊がソールに残っているのか?ひょっとしたら、出発前にフラッターでエッジを研いだ時に削れたソールをそのままにしたのが見えない「ささくれ」になっているのか、残り4日間の前途が暗くなってきた。

0414g_montets_2 グラモンテの中間駅からは、スキー場の中を滑る。適度な斜度が有るので遅れることなく無事にゴンドラ乗車駅に到着したが、明日以降が思いやられる。レストランでビールを飲みながら迎えの車を待つ。約55kmの山道をシャンペへドライブだ。

0414champex_2 昼過ぎに瀟洒なプチホテルに到着。部屋は4人部屋で、TakeYamaShowMontaの4人で同室となった。昼食を摂り、シャワーを使い、読書・インターネット等で思い思いの時間を過ごす。夕方からビーコンの練習をホテルの向かいの斜面で約1時間半ほど、1人3回程度の埋められたビーコンを捜索する練習を行った。

夕食は、さすがに山小屋のインスタント食品と違って、スープもひき肉料理も、じゃがいものホワイトソースからめにもラズベリーのデザートにも満足した。

写真:

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2009/05/05

山スキー:南沢-中岳 西穂沢or白出沢

 09年のGWは概ね好天気と言う予報で、3000m級のハシゴを計画してみた。穂高連峰の西側を、槍平避難小屋利用でこなしてみよう。

【山域】      北ア主脈 槍・穂高
【コース概要】初日 新穂高-槍平-南沢-中岳-槍平
       2日目槍平-白出沢出会-西穂高岳-白出出会-新穂高
【メンバー】 Ume Monta
【報告者】  Monta
【日程】   09年5月2(土)・3日(日)
【装備】   ダイナフィット170cm, ディアミールFR, ノルディカTR12
       アトミックC6-18 160cm ディアミールEXP ガルモント‐アドレナリン
【気象】     晴 微風 +2~10度
【タイム】  新穂高(1120)05:40-白出出会07:40(1550)-滝谷出会
       (1760)10:05-11:10槍平小屋(1980)11:40-15:45
       中岳コル(2950)16:00-17:00槍平小屋(1980)

       槍平小屋(1980)06:20-07:05滝谷出会(1760m)-
       08:25白出出会(1550)08:50-10:15(1890)10:30-
       11:00白出出会(1550)-12:35新穂高(1120)

 前夜神奈川発は何時ものとおり。今回は大井町で買出しをした。スーパーを19:30発。新穂高駐車場に11:30着。上の段には他に車はいない。恵比寿・シャルドネ・ワイルドターキーにチーズ・ポテトサラダ・ソーセージ3種で宴会。波田町のコンビニではもうおでんは販売していなかった。

P1020954 04:40起床で準備。パッキングは冬と違い外に荷を並べながら出来るので楽だ。気温は約7度。我々を含め3組が相前後して出発した。比較的暖かい予想で寝具は、小さな背当て用スチロールとシュラフシーツにツエルトを被る事にした。寒ければザックに足を突っ込んで。

P1020966 アプローチは 長い。チビ谷を過ぎてやっとシールが使える様になった。右股谷はデブリの展示会の様相。滝谷直後は右岸にトラバースして進む。槍平小屋に宿泊道具・食料をデポして南谷へ入った。下部はザラメ、中間は湿雪、上部は圧雪。雪が茶色い部分は堅い。白い部分が柔らかく、2950mの中岳直下のコルまでシールで登行が出来た。さすがにコル近くなると強風が吹いている。槍を拝んで滑降準備をしたら、もう16時になっていた。本日1830mのアルバイト。
 
4b30  コルの気温はプラス2度。標高差1000mの斜面は素晴らしい。快適な上部、重い湿雪の中部はジャンプターンでこなし、ノドの部分も雪は十分。下部は斜度は足りないが快適なザラメ。小屋に着いたら、恵比寿で乾杯、至福。何時だかのTVコマーシャルで「ビール発明者にノーベル賞あげたい!!」っての有りましたね。その言葉に文学賞をあげたい。

 夕食はインスタントラーメンだが、もやし一袋、焼豚たっぷりで充実の一食。残念ながらワイルドターキーの残りは車に忘れてきた。翌朝は6人パーティの喧騒で5時頃起床。お湯を注いで15分待つピラフで朝飯(美味)。副菜はソーセージ・竹輪。インスタントのミルクコーヒー。外の気温は5度位。中の温度は10度位あったと想像する。昨日の疲労が心地よい。

 槍平小屋からの下りはカリカリのデブリ。デブリでない所はほとんど無い位の様子。白出は沢出会のすぐ脇からシール登行。斜度の緩いうちは快適な登り。1700m位からはデブリのみ。西穂沢方面は寡雪の故か、ルートの間違いか(夏道を行く?)、取り付きが判らなかった。ならばと白出沢を詰めようと思うが、デブリの山と斜面の狭さに大滝を見たら、「本日、撤退(昨日満足したから?)。」次回は時期を変えて西穂沢をしっかり滑りましょう。

 白出からの下りはGPSによると時速4.5km程度出ていた。斜面を考慮すると5.5km位のスピードで歩いたのだろうか。新穂高では例の無料温泉に浸かったが、この温泉はしばらく閉鎖だったのが、この連休中のみ解放して、又閉鎖になるらしい。取りこわしてやや上部にレストハウスと共に新たにお目見えする時は有料になるらしい。

 わさびアロマのソフトクリームを食べたら、渋滞に向って出発だ。14:30の出発。あちらこちら混んではいるが20:30には大井町に到着した。4日の夕方からはUターンラッシュで40-50kmの渋滞が予想されるそうだ。

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2009/04/23

イチローの新記録に意味は有るか

P1010978_2  お目出度う。「イチローが生涯通算安打の日本新記録」。イチローがそんなに凄いの?誰が何を目的に褒めそやすの?胃潰瘍WBCの所為だなんて誰が判るの?何故NPBとMLBの違う世界を通算して一つの記録になるの?韓国や台湾のプロ記録は合算しないの?レベルも試合数も違うリーグの通算にどんな意味が有るの?

 自分のリーグより上のレベルのリーグの記録は合算しても良くて、下のリーグのは足してはいけなの?はっきりさせると何処かからクレームが来る?年間50本の内野安打を除くと、3000本が2200本辺りになる。それでも立派な数字ですけど。技術と言われる、当てて稼ぐのは、MLBファンには中々理解されないようだ。

 それでも私も大ファンです。体幹の回旋力が桁はずれに優れているのだろう。狙って本塁打を打てるし、レーザービームの送球も回旋力のたまものだ。その上顔も良いしスタイルも良いし、しゃべりも良い。私服のセンスも良い。人気を掴むカリスマ性も有る。恋愛と同じで好きは好き長嶋の次に好きだ。

 実力が有れば、誉める人もいるし、くさす人も出る。やるべき事さえやっていれば良いと言う物でも無い。個人の成果は顕著だが、組織全体の結果が出ない場合もよく有る事だ。若いうちは、それでも良いのだろうが、ベテランの域に入って来ると、そうも言っていられない。個人記録が良いと却って敵が多なったりもする。いえ貴方の場合では無く、野球の話です。

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2009/04/12

2008 Haute Route Story Vol.3/8

5. 初日 4月13日(’08)

Grands Montetsゴンドラ乗場08:00集合(Yama&Montaは09:30着)
9:30ゴンドラ‐10:50頂上直下(3233m)‐11:20(2610m)-12:00Argentiere小屋(2771m)13:05‐16:10(Col du Tour Noir3535mに届かず3440mで敗退)‐16:30Argentiere小屋(2771m)

下降620+670=1290m
登行160+670=830m

  6時起床で、荷作りを完了しパンで朝食を摂り7時にフロントへ。ここで又事件が発生した。ShowとHiroは昨日スキーをした後、ホテルの地下室にスキーを置いたのだが、地下室の入口に鍵が掛かっていて、スキーが出せない。バスの時刻は迫る。7時半の朝食準備に従業員がその内に来るだろうとShow&Hiroは待つしかない。うまく行けば7時20分のバスに乗れるかもしれない。取り合えずTakeは1人でも集合場所へ向わなければならない。YamaとMontaはTakeの見送りにバス停へ同行。バスが少し遅れたのが幸いしたか、ShowとHiroも何とかグラモンテ行きのバスに間に合った。
 Takeがガイドと交渉した結果は、Takeのみがグラモンテのゴンドラ駅でYama・Montaを待つ。二人はスキーがレンタル出来たらガイドカンパニーへ行き、待機しているもう一人のガイドの車に乗り3人でグラモンテに向えとのことだ。

Colduchardnet_2  ガイドのクリストファーと車中でガールフレンドの話をしながら9時半にゴンドラ駅に到着しTakeと合流する。乗場はスキー客で100名程度が列を作っている。さすがにザック姿は少ない(8時には多かったとの事だ)。中間駅では整理番号が表示されていて順番待ちだ。ここで先発組に合流した。ゴンドラ頂上駅から約60mの急勾配の階段を降りると広い平坦地に出た。ここから6日間のHaute Routeが始まる。正面には明日登る予定のシャルドネのコルへ突き上げる急斜面が望める。

Montdolent1_2  アルジェンチエール氷河へ向って約620mの滑降の開始だ。雪は上々で柔らかいのだが掘られた深いシュプールのあいまを滑降していく。氷河に降りれば小屋に向ってシール登行が始まった。緩斜面をわずか160m登るのみなのだが、完全に息切れした。太ももが両足ともつりかけている。前夜の飲みすぎか、水分不足か、高度障害なのかは判らないが、山小屋のテラスで広げた昼食(パン・チーズ・サラミ・チョコ)も喉を通らない。テラスから正面にはLes Droites4000mやLes Courtes3856m等の標高差1000mに及ぶ壁が眼前に迫る。氷河の奥は、Aig de Triolet3870m だ。予定では1時間後に、荷を出来るだけ軽くしてツールノアールのコル往復へ出発するらしい。迷惑を掛けそうなので「パスする。」と宣言したのだが、本気にして貰えず同行する事になってしまった。

Glacieramethystes_2  高度3000mを超える場所での継続的な登行は富士山以来だが、若い頃でも300歩程度に一度は立ち止まっていた。ここでは休憩無く登行が続き、とうとう付いて行けなくなった。Takeがさらに1人完璧に遅れてしまった。先頭がコルに到着したのを見計らって、ガイドのクリストファーに「俺は後続の相棒を待つから、ここで待機する。」と伝えて登行終了とした。実業家のスティーブも横で完璧に腰を落ち着けた様だ。諦めの悪いのが3人、まだもがき続けている。
 先頭組6人がガイドのフランキーと滑降を始めたので、そのグループに入って滑ることにした。途中でTakeを拾って、ほとんど休憩無しで山小屋まで滑り降りた。残る組はコルまで登った様で、結局1時間ほど遅くのご帰還となった。

 夕食は7時ごろに始まり、ゆっくりと1時間半ほど掛けるのが通例の様だ。我々のチームではガイドとゲストで米・仏人9名、日本人5名だが、ジダン似のジャンピエール以外は英語を話すので、つたない英語でも何とかコミュニケーションは取れた。誰もが日本の事はかなり知っていて、地名や簡単な日本語なども良く判っている人が多い。北海道も乾杯も寿司もそのまま日本語で通じる。食事が終る8時半でも、窓の外は明るく時刻を錯覚してしまうが、大概の夜は9時から10時くらいで就寝になる。TakeとMontaは頭痛薬を飲んで寝た。

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2009/04/06

マナー違反か 北朝鮮ミサイル発射 極道かも

 4月と言えば新入社員どこから見ても新入社員と見える人が巷を闊歩する。そんな新入生も5月になると目立たなくなる。正に4月の風物詩。この一週間で「ビジネスマナー講義」も盛んでしょう。対外的にも社内的にも「人に迷惑を掛けない、出来れば信頼感を与える。」所作を学のが目的だ。(今年の新入生は目立たない。異様に少ない?)

 マナーの心は、手の立場に立って考える事だ。電車では7人掛けを守るように座る、急停車で周りにぶちまけそうなドリンク飲料は開けないで。尊敬語と謙譲語はしっかり身につける。間違っても目上に「ご苦労様です。」などと言わない事。食事時は周りに不快感を与えない様に。形式の問題では無い。ワインの味見ナイフフォークの使い方も格好の問題では無く不快を与えぬ方法を伝えたものだ。

 ミサイル・衛星発射にもマナーが有るそうだ。無人地帯・又はに向って撃つ。その為に不効率な西向きに発射する国も有ると言う。打ち上げ成功の保障も無いのに日本上空に向けた北朝鮮政府の判断は、電車の中で大股拡げの1.5人分占領、いや近くに行きたくないから3人分の座席占領、通路も狭くするアンチャンか、みかじめ料カツアゲの極道の様な者か。

P1020855_2  有る有る、そんなマナー違反。いやまさか貴方の職場で遅刻・雑談・早メシ・喫煙・触る・PCの非常識壁紙が横行しているとは言いません。でも普段立派な団体でも社内旅行の最中花見の時にも、会社の品格が表れているかもの知れません。見ている人は見ている。場所取りにも、騒ぎ方にも、後片付けにも。誉められはしなくても、せめてヒンシュク買いだけは避けたいものだ。

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2009/04/05

2008 Haute Route Story Vol 2/8

4. 前日 4月12日

0412geneve3_2  ジュネーブには土曜の朝8時10分に着いた。到着から一波乱有り、前途の多難を感じさせた。成田で3人一緒に預けたスキーの内、YamaとMontaの二人分がロストバゲッジになってしまった。クレームカウンターで交渉と調査依頼の結果、スキーはパリに有る事が判明した。明朝から使用する旨を説明すると夜20時までにシャモニーのホテルへ届けて貰える事になった。安心したら、バスの時間までビールで乾杯だ。

 バスでシャモニーに到着後、テラス式のレストランで遅い昼食を摂っていたら、前日にシャモニー入りして今日はバレブランシュのツアーを終えたShowとばったり出会った。天気予報では一週間ぐずつくらしい天候の回復を祈り、ここでもビールで乾杯。

 山岳保険は、あちらこちら廻った挙句に、スキー学校で、「カルトネージュ」と言う1年間有効な保険に€59で加入した。国内で手続きが出来る「海外旅行保険クライミング」でも、6泊7日で7600円程度なので、万が一の時の現地でのスムーズな対応を期待すると、まあ妥当な保険と言えるかも知れない。ちなみに、ロストバゲッジや携行品・救援者費用等は手持ちのクレジットカードに自動的に付帯している事が多いようだ。

Ec9c_2  18時30分のミーティングではガイドのフランキーから概要説明と、装備品のチェック、2日分の食料(昼食・行動食用のパン・サラミ・チーズ・チョコ)の配給があった。食料は日本人には50%増しに感じられる。水は1.5L以上必要だ、気温が低いのでテルモスも必携との事。「明日はグラモンテのゴンドラ前に8時集合」との事。シャモニー7時20分発のバスに乗る事にする。バス券は無料だ。装備品の不足はレンタルででも揃えておく様に言われる。あわててスポーツ用品店へ走った。オフィスで、余計な荷物のツェルマットへの回送やシャモニへの戻り便の交渉をしようと思ったが、ミーティング終了時刻がオフィスの閉鎖時刻の19時を過ぎていて交渉出来なかった。明朝のオフィスオープンも8時半なので交渉出来ない。明朝のホテルの朝食開始は7時半でバス出発に間に合わないので朝食用のパンとチーズを今夜用の酒・つまみと共に買出しする事にした。

 12名のメンバーを組む中にもう一人日本人のHiroがいて、たまたま同じホテルに宿泊している。65歳で3月末に某所を退官した直後だと言う。大学時代から山岳スキー部所属で、40数年間山スキーを継続してきたという大先輩だ。今回のチーム構成ではダントツの最長老となる。

0413hotel2_2   ハーネス等をレンタルした後、お昼に予約しておいたレストランへ夕食に向った。地元では「ラクレット」「チーズフォンデュー」が一般的の様で郷に習った。飲み物は当然ワインだ。満腹の後ホテルへ帰るとロスバケのスキーが届いていて一安心。スキーを出してみると、なんとYamaのスキーが一本しか無い!分厚いスキーケースが破れていて一本脱落した様だ。夜の9時では航空会社にもガイド会社にも連絡のしようが無い。
  相談の結果、Yamaは明朝8時半に開くスポーツ店にスキーをレンタルしに走る。Montaが同行する事になった。TakeとShowは集合時間にグラモンテへ行き、ガイドの指示を仰ぐ。その結果をMontaに携帯電話で知らせる事にした。アルジェンチエール小屋へ2人で追い掛けるか、最悪は2泊目のシャンペのホテルへ合流かもしれない。それ以上は考えてもしようが無い。ケセラセラの心境に。

写真:
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2009/04/04

2008 Haute Route Story Vol.1/8

2008 April Haute Route Story

1.  Haute Route へ行こう
2.  計画を進める
3.  概要
4.  前日  4月12日
5.  初日  4月13日
6.  2日目 4月14日
7.  3日目 4月15日
8.  4日目 4月16日
9.  5日目 4月17日  
10.  6日目 4月18日
11.  終わりに
12.  付録

1.Haute Routeへ行こう
 
0413montblanc_2   今回、我々が走破した「Haute Route」は、シャモニーからツェルマットに至る約90kmの「高い道」を山スキー道具で繰り返し登り、繰り返し滑ろうというものだ。標高は2200mから3800m程度の中を行動する。時期は3月末から5月上旬の期間限定だ。標準の日数は6日間になる。氷河地帯を行動するので、見えないクレバス等の危険が有る。ガイドの案内は必需だろう。天候は厳冬期並みからいわゆる春スキーの陽気まで、日によって違うのは日本国内と同じだ。装備は防寒着を含め完全冬山装備が必携だ。シール・クトー・ハーネス・ビーコン・スコップ・ゾンデ・ピッケル・アイゼン・テルモス・ゴーグル・ヘッドランプはガイドから携行を求められる。

2.計画を進める 

0413midi1_2   2000年の春、Take・Yama・Montaの3人は日本のオートルート約50kmを走破中に五色・太郎・五郎の小屋で毎晩「いつかは本物のオートルートへ行こうよ。」と語り合った。Takeは欧州在住中の2004年に単独で実現させたが、残る二人は諸般の事情で計画は延期に延期を重ねる。2007年は実現しかけたが、日本に負けず劣らずのヨーロッパの雪不足は深刻なので中止にした。しかし2007年10月、Montaから「2008年は、雪が無くても行くぞ。」宣言が出た。仲間内で遠征を宣言すると、名古屋のShowも20数年ぶりに行きたいと言う。初挑戦が二人、2回目が二人という構成となった。50代の4人ではあるが体力に不安は感じていない。 行くと決めたら行動は早い。ガイドは2004年にTakeが単独で実行した時のシャモニーのガイドカンパニーとした。

  6日間の費用は€825だが、12月に予約すると早期割引10%が適用になった。費用にはガイド費、山小屋費、行動食、ゴンドラ料金等が含まれる。小屋での水・アルコール・お茶代は別途各自で清算だ。 行程は日曜日の朝出発だが、前日の土曜の夕方にミーティングが有り、注意事項伝達と装備品のチェックを受けるので、土曜日の午後にはシャモニーに到着しなければならない。帰りは天候の都合でエスケープも有り得るし、何時に何処へ降りるか判らないので、最終日の金曜日はシャモニーに宿泊を予定するのが一番無難なようだ。回送費は、ガイドカンパニーの手配の大型タクシーで一人€50だ。シャモニーへの最寄りの空港はジュネーブになる。航空券の手配は各自で都合の良い便を勝手に選ぶ事になった。便の時刻指定が出来て尚且つ安価なのは、航空会社にダイレクトに申し込むのが一番良いようだ。旅行会社では4ヶ月先の料金は確定していなかった。往きの便は3人同じ便にしたが還り便は、各自の休暇の有効利用を考慮して別便を選ぶ事にした。Montaの場合は、平常勤務後に出発する為に夜10時に近い成田出発便を選び、帰りは現地を朝出発し、成田には早朝7時前に到着する便で、帰着当日も平常勤務という強行日程の便を選んだ。

 ジュネーブからシャモニーへの足は、列車・レンタカー・バスなどが考えられ、いずれもインターネットで予約が出来る。所要時間・料金を検討の結果、我々はバス便を予約する事にした。予約から5日目には切符が送られてきた。€37.2だ。ホテルは、ガイドカンパニーにほど近い瀟洒なプチホテルが予約できた。最終的には1泊€43程度の計算になった。 あとは、体力作りと体調の調整か。いや勤め人の常として、仕事を休める段取りを付けておかねばならない。10日間に及ぶ休暇を実現するには、各方面に十分な調整をしておかなければならない。自己都合での旅行キャンセルが効く保険なんてのは有るのだろうか?

3.概要

0412st_michel_2 天候は、初日は快晴で上着を脱ぐ暑さ。2日目は濃霧でエスケープルートを採用し下山した。残り4日間は、晴れたり曇ったりで、気温は日本の厳冬期並みの-10~-18度を記録した。風は弱くて幸いした。雪質は2日目と最終日の麓への滑降は標高が低く、さすがにベタ雪だが、常時2200m以上の地域に滞在するのでパウダーに近い上質の雪に恵まれた。年と時期によってはザラメだったりする様で、こればかりはお天道様の機嫌による。カナダのへリスキーも同じだろう。

  ヨーロッパのサマータイムは3月末に始まり、夜が明けるのはかなり遅い。山小屋を出発する6時から6時半くらいの時刻でも、まだ薄明るい程度だ。ヘッドランプが必要な暗さでは無いが、ザックの準備時にはお世話になるだろう。そのかわり夜は遅くまで明るく20時半でも未だ明るくて、食後の酔眼でふと窓の外を見ても未だ明るくて戸惑う。行動時間としては、お昼から午後3時くらいの間には山小屋に到達する。余力のある日は、オプションツアーに出掛ける。

  山小屋での生活は、快適で寒さは感じない。到着後の飲み物のビールや紅茶はその都度、現金で支払う。ビールは500ccで5CHF(スイスフラン)、安いワインは18CHF程度だから高いとは思わない。食事はスープから始まり、肉料理と温野菜はスープを平らげた皿に盛る。その後に仕上げのデザートが出るコースはどの山小屋も同じだ。寝床も布団も日本の山小屋よりかなり清潔感がある。シーツは各自持参(寝袋用インナーシーツを持って行ったが暑かった)する事になっている。トイレはほとんどが、バイオトイレで小便と大便は別々にする。洗面用の水が出る小屋は1軒しかなかった。飲用の水はペットボトルで購入するが、行動用の紅茶は何故かサービスになっていた。

  登りはほぼシール登行で、45度超の急斜面はツボ足で登った。クトーの使用はガイドの指示に従った方が、自己判断より的確だった。今回はあまりにも雪質が良くアイゼンのお世話になる事は無かった。滑走はあらゆる斜面が有るので、ソールは良く滑るように手入れが必要だし、エッジも良く研いでおく方が安全だろう。雪質によっては手強そうな急斜面も多い。

  4人揃えばガイド1人でプライベートチームが組めるが、我々4人はインターナショナル混合チームを希望し、ガイド2名とゲスト12名のチーム構成になった。日本人以外は若いメンバーが多く、タフだった。3000mを越える標高にもかかわらず、時間当たり標高差300m登るのが当たり前のペースだ。休憩は取らない。登り下りの道具切り替えが休憩になる。滑降ペースも早い。スピードも速いし途中で止まる事が少ない。ガイドがゲストを信頼しきっているのか、時々不安になるくらいに止まらない。最終日は行程が長い事もあって、体力に合わせ途中下山組と最終ツェルマットに向う組に分けられた。ハイペースに付いて行く中でクライミングサポートは出来るだけ低く保つ方が疲れにくい事に気が付いたのは新鮮な発見だった。

  道具は日本国内とかなり様相が違った。氷河地帯で行動するにはハーネスは単独行動でも必携との事。理由はクレバスへの転落等の事故からの救助に使用するとの事だ。その割りにヘルメット姿はほとんど見ない。兼用靴は国内ではほぼ2メーカーに限られるが、ここでは実に様々なメーカーの品が使用されている。スキーメーカーには特色は感じられない。幅は今時の広さだ。狭い幅やテレマーカーはあまり見ない。ボーダーもまれだ。金具はTLTが全盛でディアミールより多いと感じる。NAXOは見掛けなかった。地図とGPSは非常に役に立った。つらい工程も、今どこにいて、あとどれくらいかが良く判るし、帰国後の記録整理にも役立つので次回も絶対に外せないアイテムと思う。ガイドも常に覗いている。

  言葉は、ガイドも今回のゲストもほぼ仏語・英語が出来たが、我々のガイドはほとんどフランス語で説明し英語の説明は少なかった。山小屋内での時間は英語で足りるが、斜面やコース、景色の説明にはフランス語を理解すれば満足度が上がったかも知れない。

写真:
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2009/03/30

山スキー:焼岳北面

【山域】       北ア主脈 焼岳
【コース概要】中尾(京大砂防観測所)1150-黒谷大堰堤1340-1640峰-2190m折返
【メンバー】  Ume Monta
【報告者】   Monta
【日程】    09年3月20日(金)
【装備】    ダイナフィット170cm, ディアミールFR, ノルディカTR12
         アトミックC6-18 160cm ディアミールEXP ガルモント‐アドレナリン
【気象】      雨 上部霧 +3~8度
【タイム】   中尾(1150)06:20-(迷)-08:10割谷渡渉(1225)-
        10:05(1680m)10:10-12:00(2190m)12:20-
        13:00(迷1600-1460)15:10-16:00中尾

 予想天気が悪い中、せめて北に面する斜面を候補に幾つか選んで、その内の焼岳北面の黒谷と白水谷の間の尾根に決定してみた。大井町を19:45発で中尾温泉には23:40頃の着。ビール・ワイン・ウゾ+おでん・つまみ盛合せ・蕗味噌で宴会。外は雨。明日の午後は晴の予報、早めに晴れてくれればラッキーだ。

 5時過ぎに起床。雨は止まず。気が乗らないままに身支度を整える。06:20に出発。工事道路を進むが何となく歩いている内に、割谷右岸の地図上の道路が途絶える辺りまで歩いてしまった。ガッカリで割谷を渡渉できたのが、やっと08:10。時間ロスの他に服装の中も汗で濡れ模様。気温は高いが体は冷える。

P1020807_3 巨大な最終堰堤を見ると黒谷の滑走は無理だろう。工事道路が終る手前から尾根に取り付く。1450m辺りからの斜面は急で雪の着きも悪く、1550m辺りまでツボ足の登行とする。雨の故に前週のトレースが浮いて出てきたのか、うっすらと判読できる程度。どうやらスノーボードのトレースのようだ。雨の中のベタ雪は埋まりはしないが、歩行に骨を折る。1550mから1900m辺りまではなだらかな広い斜面でのんびりと進む。

 1900m辺りで雨は止んだがガスが出ている。下界ではきっと晴れているのだろう。ここらから上は雨でなく雪がうっすらと積もっている。トレースは全く見えない。2200m間近で切れ落ちた斜面も判読出来なくなり、登行中止とする。

Cd1e_2  滑降は、中々の急斜面で快適だが、視界が無いのと腐れ雪と云う事で、相棒を見失わない程度に少しづつでストップ。1550m辺りからスキーを外したくないので白水谷寄りに降りようとした。選んだ斜面はどうやら白水ノ滝の上部に向う様だ。50度位の斜面の途中からトラバースを始める。約2時間の悪戦の結果は登りに選んだ斜面に出た。消耗。途中で電線工事?のトラロープに遭遇し、心だけは落ち着いた。「この先、行ける!」。

 何の事は無いコースだが、朝昼で4時間のロスをはさみ、何とか帰着。まあこんな事もたまには有りますね。山スキーの面白さの一面ですと言えば、負け惜しみに成るのかなあ。大井町20時着でした。

写真:

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2009/02/15

山スキー:乙妻2297

【山域】      黒姫/戸隠 乙妻2297峰
【コース概要】大橋1140-佐渡山コル1580-2297峰東尾根-2297峰
【メンバー】 Ume Hira Monta
【報告者】  Monta
【日程】   09年2月7日(土)
【装備】   ダイナフィット170cm, ディアミールFR, ノルディカTR12
       アトミックC6-18 160cm ディアミールEXP ガルモント‐アドレナリン
【気象】     晴 -10~+3度
【タイム】  大橋(1140)06:10-07:40佐渡山コル(1580)07:50-
       08:10右股出会(1420)08:20-10:15(1820)-10:45(1912ピーク)11:05
       -12:35(2297峰)13:00-13:20(1750)-13:50(右股出会)13:55-
              14:45佐渡山コル(1580)15:00-15:25大橋(1140)
              登行合計 1320m(440+880)

Bf45_2  雪の多い年の乙妻・高妻・五地蔵は何処を取っても楽しい。スキーヤー垂涎の斜面のオンパレードだ。しかし雪の少ない時は厳しい。乙妻山域初のメンバーを迎え、時間短縮を考慮に入れ滑降を堪能出来るコースと言えば、2297峰東尾根を登り、高妻沢右股?滑降の往復だろう。

 神奈川の二人を拾って大井町出発は20:00。大橋には24:10到着。2台の無人車がいた。おでん他オードブル+恵比寿・ワイン・日本酒で大宴会。雪は金曜日に少し降った様だ。25:30就寝。至福の時間だ。明日行動不能でもしょうが無いと感じてしまう。

 05:15起床。やっぱり行くの?億劫だな。寒いな、-10度だ。ヘッデンで知らないコースをスタートする時はドキドキものだが、慣れたコースは緊迫感が薄い。佐渡山のコルまではトレースが微かに見えたり見えなかったり。ラッセルは脛辺り。コルにテントが一張り。前日に入ったようだ。

 トラバースで大きな沢に出会うと氷沢川に降りて渡渉。登行は東尾根を右へ右へと登る。1820m辺りでは尾根に出ずに北側を巻いて1912峰を通過する。ここからは大斜面を勝手に登る。継続して脛ラッセルだ。部分的に堅い処はあったがクトーは使用しなかった。1820m辺りでは無風で+3度に上がったが、稜線では-10度。さすがに風も出ている。

998a_2  ピークからは無風快晴のパウダー斜面が延々と続く。多少重い感じは有るが、北海道のパウダーに近い雪だ。近年まれに見る素晴らしい雪質と丁度良い斜度を満喫する。高妻沢右股を滑れる処まで滑ろう。沢は1750m辺りで諦める。やはり雪は少ない。ここから尾根に向って延々と斜滑降を続け1600m辺りで登りトレースへ合流する。ここらは良い雪とアイスバーンが交互に出てくるので慎重に。尾根に出ると雪は一気に春山風の湿雪になった。苦労してブレーキング滑降を続ける。

 佐渡山コルへの登りは自分達の滑降跡が使えた。コルからの下りは腐れ雪で疲れる。立ち木にソフトタッチしても重傷になる事を経験している身では、慎重に疲れるブレーキングスキーを続ける。林道は高速道路状態で快適だ。明るい内に到着出来たので、例年よりは疲れを感じない。山は天候と雪質で完璧に違う山になる。今回は優しい乙妻に美味しい新妻を感じた。

写真:
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2009/02/05

山スキー:御嶽

低気圧が太平洋沿岸を走る。金曜の横浜は雨。山の天気概況も雨。土曜日は低気圧が抜け、午後から曇に回復するようだ。予報によっては午前の早くから曇程度に回復する見方も有った。山行は中止か、いや行くだけは行ってみよう。

【山域】      乗鞍/御嶽 御嶽
【コース概要】御岳ロープウェイスキー場1580-ロープウェイ降場2110-御嶽直下2940
【メンバー】 Ume Monta
【報告者】  Monta
【日程】   09年1月31日(土)
【装備】   ダイナフィット170cm, ディアミールFR, ノルディカTR12
       アトミックC6-18 160cm ディアミールEXP ガルモント‐アドレナリン
【気象】     雨 曇 晴 +5度~-6度
【タイム】  ロープウェイ下(1580)08:30-08:40ロープウェイ上(2110)08:50-
       金剛堂横(2500)10:10-12:10山頂直下(2940)12:25-
       13:30スキー場下(1580)

 前夜祭の宴会は、恵比寿ビールに白ワイン。肴はおでん3品。予定オーバーで25:30の就寝になった。朝はいつも通り04:30頃目が覚めた。外は引き続き雨。雨脚は強い。計画では05:30からスキー場を歩き始めるのだが相棒は起きる気配が無い。「9時には天候回復」と呪文を唱えてもう一寝入り。ロープウェイの始発8:30に乗れば良いか。天候がダメならゲレンデを一発滑って温泉へ行くか。心は千路に乱れる。雨はみぞれに変わって来た。

P1020648  ロープウェイ始発の頃は雨はほぼ止みかけている。雨の締まり雪をひたすら登る。くるぶし辺りまで埋まる。尾根を素直に追いかける。目印の赤布も比較的に多い。樹林限界の2400mあたりからシールにくっつく雪の団子に悩まされる。一歩ごとにストックで雪を払うのだが、バネ下重量の増加は思いの外こたえる。シール用ワックスを擦り付けるが効果無し。試しにスキー用万能ワックスを塗ると何とか団子を解消出来たが、1時間程度で塗り直しが必要だ。

 2810mの山荘は上側を巻くのが正解の様だ。山荘の直下で念の為クトーを装着するのだが、しばらくはラッセルが続く。2850m辺りからは風が強まり、視界も無くなって来た。相棒のトレースも全く見えない。多分50m位先行しているはずだ。とうとう計器飛行になってきた。山頂100m下で相棒から無線が入り、登行中止を決める。

 滑降に入るが、出だしはウインドパックでゆっくりと。2810mの山荘からは少し重いが快適な深雪となる。内地の人は多分95%位の人が「激パウ」と呼ぶのでしょうが、北海道標準から云うとパウダーでは無い。でも快適な雪が延々と続く。2400m辺りから樹林帯に入る。風を避けた処で大休止を入れた。ここいらからはクラスト・風パックの疲労性積雪となる。木立に軽くぶつかるだけで重傷を負った経験者は慎重に降りる。この300mで一気に疲労が増幅する。おかげでゲレンデスキーを随分長く感じた。リフト3本くらいは止まらないのだが、休憩を何度も入れないと降りられないほど疲れたようだ。

写真:
http://www.photohighway.co.jp/AlbumPage.asp?un=20815&key=2199284&m=0

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2009/01/28

派遣切りは悪か?

 自動車業界では例外なく無情にも派遣組を解雇し、住んでいる寮の退去も非情に迫って追い立てたとの報道だ。解雇された派遣組はテント村に収容されたが、そのテント村も、ついに撤収となった。解雇された人々の「職が見つからない。」「住む所がない。」「憤りを感じる。」と言う声なき声?が紹介される。でも、一般の人は「本当にそうなの?」と懐疑の目で見ている声が多いようだ。

P1020562_2  一昔前は自動車製造の臨時工憧れの職業だった。長期勤める義務は無いのに収入が良い。おまけに住み込みで雇ってくれるので食住は楽だ。イヤになったらプイと出て行ける。稼ぎたくなったら何時でも戻れる。自由人には極楽の職業だった。でも、「他の職なら有るでしょ、飲食店とか」「収入減なら職は有るでしょ」「一ヶ月以上前に解雇を言われてアパート捜さないの」「高収入なのに貯え無く遊んでたの」「好き勝手して来たのでしょ」と云う感じ方も多数の人から聞く。
 
 日本の報道陣は、活字組も映像組も同じ資本系列で同じ意見しか無のだろうか。「大本営発表をそのまま報道する。」事の反省をしたのでは無かったのか。反省がなまじ半端で、一生懸命に独自オピニオンを発表するつもりが、やっぱり一番手・二番手の意見と同じ見方でお茶を濁しておくのが安全という事か。やっぱり大本営が必要な様だ。

 派遣切りにも個人の仲違いにも、両面から意見は有る。ユダヤとパレスチナも正義の裁定は難しい。活字が一方向へオピニオンを引っ張り、モーニングショーがギャラの為なら恥も無いキャラクターに、切られた派遣の可哀相さを訴えさせる。何だか日本報道界は痴呆症になりつつあるのでは無いか。この右向け右が、「大本営発表報道」の源泉だと思う。ちなみに国境無き記者団による「報道の自由度」ランクでは日本は37位だ。

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2009/01/27

ヒールか?朝青龍

P1020610_2  大相撲では三場所連続休場明けの朝青龍が優勝したのに、マスコミは賞賛よりも批判報道が多いようだ。喧々諤々、ああでもない、こうでもない。「横綱としての責任を果たしたか?」との問いを投げ掛け、識者や一般人へのインタビューと称して「優勝はしたが、品格に欠ける。もう少し行動に自覚を持ってもらいたい。」と言わせる。

 厳しい相撲の取り口、激しい攻撃、ダメの押し方、とても休場明けの力士には見えなかった。引退かとの話題の横綱が快進撃なので、勤務中にも拘らず職場のTVに釘付けになった方も多いと聞いている。だが表面に表れてしまう闘志が、「抑制の美学」に受入れられない様だ。優勝決定戦に勝った瞬間にガッツポーズをした(私はそう感じなかったけれど)のが批判の的だ。

 勝つ為に控えに居る時の表情から気迫に溢れる、制限時間一杯の時のまわしを叩いての気合の入れ方、土俵際で勝負が付いた後も尚一突きする勝負根性、決った後の「どうだ」と言わんばかりの表情。全てが模範横綱の大鵬と正反対だ。大鵬はどんな時も沈着冷静で、誤審で連勝が途絶えても誤審させる自分の責任だと反省したという。伝統の抑制の美学、神事の面からは大鵬の行動が称えられる。

 しかし、勝負の最後の最後まで、いやその先まで気合を抜かず勝負を決める心構え、優勝決定の瞬間の心底からの笑顔。いわゆる相撲美学との違いは、許すとか許されないとかの問題では無いような気がする。これを許すと「そこらの格闘技と同じになってしまう。」と言う意見は、余りにも身勝手で独りよがりの様な気がする。多様な美学と価値観を否定する世界は発展を拒否しているように見受けられる。朝青龍の居る今こそ根底から(親方制度を含め)の改革を・・・

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2009/01/25

山スキー:乗鞍岳

 雪不足と言われる今シーズンの初山行だ。山スキーの体慣らしとして長い登りが有って、しかし藪で歩き難い低山は避け、出来れば狭い急峻な斜面も避けて広大な斜面が良い。歩行訓練で充分だと言う訳で乗鞍岳を選んでみた。

【山域】        乗鞍/御嶽 乗鞍
【コース概要】 乗鞍高原温泉スキー場直下1470-肩の小屋2760 往復
【メンバー】   Monta
【報告者】    Monta
【日程】     09年1月17日(土)
【装備】     アトミックC6-18 160cm ディアミールEXP ガルモント‐アドレナリン

【気象】        雪-曇-晴-ガス・強風(上部)-晴(下部)
 
【タイム】    スキー場下部(1470)06:20-07:50スキー場上部(1970)-
         12:05肩の小屋(2765)12:25-13:00スキー場下部(1580)

 16日(金)20:00横浜発、日頃の不摂生の故か運転中に睡魔が来訪を繰り返す。一時間毎の休憩でやっと23:15に松本INT到着。睡魔と交渉の結果ここで宿泊とする。4時起床、5時半登行スタートの予定だ。翌朝、起床後すぐのスタートで運転しながらの朝食を執るつもりなのにエンジンはピクとも動かない。どうも昨夜ヘッドランプのスイッチを消し忘れたようだ。一瞬のパニック、本日の行動は中止かとも思ったが、とりあえずJAFの出動を依頼してみると、なんと15分程度で救援車が到着した。エンジンは何とか掛かった。行先を乗鞍と告げると、乗鞍でエンジンが掛からなくなると地域的に救援到着は1.5~2.0時間を覚悟しておいて下さいと言われた。

 スタートが随分遅くなって、リフトで上がるのか予定通りゲレンデ横を歩くのか悩むがシーズン初日は歩行訓練と割り切り、スキー場の最下部からの歩行をスタートしたのが06:20。天候は小雪、昨夜の強風は納まっている。気温は-8度辺り。後で判った事だが、乗鞍高原温泉スキー場はベースが3ヶ所有って、国民休暇村を利用すれば標高1600mからのスタートが出来たようだ。初山行という事で忘れ物が恒例だが今回は高度計を忘れている。

 スキー場は10cm位の新雪が有るが快調な登りが出来た。リフト最上部からはいきなり膝ラッセルが始まった。最初の急斜面を終えた頃本日のセカンドがソロで追いついてきた。国民休暇村からの出発だそうだ。ラッセルを交替し、大休止を入れる。天候は小雪から曇、晴と替わってきた。コース案内では、冷泉小屋に向うような記録を読んでいたが、実際は伊奈川に沿ったオープンな斜面をつないで進む。

P1020588_3  2400m辺りから風が出て来た。肩の小屋口迄の緩斜面は氷化してクトーは辛うじて雪面を捉える程度だ。視界は100m程度。先行のトレースは全く見えない。GPS・コンパスの計器登行だ。肩の小屋口からはガスで視界はますます悪くなったが計器に助けられ、小屋を目指す。気温は-13度、風は10~15m程度。肩の小屋直前の1mの落ち込みが足元でも見えない。時刻には余裕が有るが剣が峰を往復しても景色も滑りも楽しめなさそうで、本日はここで終了。

P1020596_3  大雪渓は貸切でパウダーを堪能した。アイスバーンの緩斜面を過ぎると又、雪の状態は良くなった。でも既にシュプールが数本見える。皆さん途中からお帰りの様子だ。22250m頃から空は快晴になってきた。スキー場は1570mで一旦道路へ出て200m程歩くハメになってしまった。本日の登行5:45、滑降0:35、標高差1300m。

写真:
http://www.photohighway.co.jp/AlbumPage.asp?un=20815&key=2195221&m=0

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2008/12/29

渋谷温泉ガス爆発 裏事情

 昨年6月の渋谷で起きた温泉のガス爆発事故の捜査がやっと纏まったようだ。スーパーゼネコンのプロジェクトリーダー現場責任者とか設計責任者との情報もある)と施設運営会社の2名が業務上過失致死で書類送検された。温泉から出るガス排出管を鳥居配管したが結露水を抜く説明を忘れた為、ガスが遮断され逆流し爆発したと言う。施設側担当はガス検知器の設置や保守の範囲設定に責任が有るそうだ。

P1020526_3  建設業の業界人には首をかしげる様な報道だ。奇妙な報道の原因捜査が未熟なのか報道陣に設備的知識が無いのかは判らない。建築工事ではプロジェクトリーダーなんて職責はあまり聞かない。設計責任者は施主側に使用・取扱説明は行わない建築会社の設備担当者は設備専門工事会社に工事品質も取説もアフターサービスおまかせが多い

 さて、書類送検された某建設の廻ではどんな波風が立っているのだろうか。表向きは「重く受止め、捜査には全面的に協力する。」のだが、裏では担当した設備工事専門会社の品質管理の責任を追求し、「出入禁止」状態と補償額の応分の分担(100%近く)を求めているのではないか。現場責任者と設計責任者は社内ではお咎め無し。設備工事担当者は降格か転勤。こんなところではないか。

 そもそもガス放出管を鳥居配管する事は有り得ない。だから水抜きの重要性の説明をする事も有り得ない。設備工事会社もゼネコンも担当者のレベルの低さ会社の教育が根本的原因だろう。品質管理・検査担当もお座成りだった様だ。きっとどの会社も1SO9001取得済みの品質を誇る会社だろう。もう一度「馬鹿よけ」の方法を考えるべきだ。それが品質を保つ会社の力だろう。期限切れ食品じゃないが、建設業以外でもね。

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2008/12/07

後期高齢者医療も雇用対策も

 サブプライムローン破綻に因る景気後退はかなりなものですね。米国がそれなりの元気を回復しないと、アジア・日本もヨーロッパも元気が出ないのですか。ゼネコンの倒産が相次いでいます。振出済みの手形の配当率は大概が5%前後です。連鎖で倒れる会社も有るでしょう。小規模・零細企業の倒産はマスコミ記事には為りませんが。

 日本は昔バブル崩壊の時、どう生き延びたのだろうか。報道も政治家も忘れたのでしょうか。米国にも教えてあげましょう。影響大の日本でも対策が聞こえてきません。内需を増やす?はい、でも具体策は聞こえません。就職内定の取消や、非正規雇用者どころか正規雇用者も人減らしが増えています。松下さん本田さんは人減らしをしませんでした。「かつてない難局は、かつてない発展の基礎となる。」のだそうです。

P1020464_2  年末年始の旅行者は減るし、年末商戦も暗いし。では景気対策に高齢者の財布を緩める案はどうでしょう。日本の高齢者は平均で数千万を貯め込んでいるそうです。でも将来が不安で取り崩せません。医療費は一人年間80万以上と云われますから。高齢者の医療費を0割負担にして、安心して子供・孫・自分に高級車や住宅を買って頂いてはどうでしょう。 

 後期高齢者医療制度が今年の4月から施行されていますが、せこい。年金から保険代天引きですって?一般健保組合は高齢者支援金の負担増大で、組合解散も相次いでいます。高齢者に医療費を自己負担させなければ医療費の高騰を防げない?いや、高齢者の医療費を無料にすれば、消費が飛躍的に増えて保険制度が立ち直る?さあ、どっちでしょう。。ちなみに高齢者医療費は年間11兆円強らしい。でも、景気は良い方が気分がいい。

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2008/12/04

我国の首相は馬鹿なの?

P1020469_2  首相は大変だ。「末は博士か大臣か。」立身出世の一つの極みだが、成る前は持て囃されても、実際に就任すると大変だ。その人となりを褒めそやされ、「庶民的」だの「べらんめい」だの、負の方向も好意的に取られ、持て囃される。こんな話は一般の人には判らない。全てマスコミが一般受けを狙って、書き立てる記事だ。

 あんなにも誉められ、適任だと持ち上げられた首相候補が首相になったら、漢字を誤読するとか、幼稚な発言が連続するとか、云い放題。無能だ、馬鹿だの大合唱。おい、おい、おい。外国通だとか、経済に明るいとか、頭脳が切れるとか、人望が有るとか、あの報道は嘘だったのかい。マスコミってそんなに不勉強業界なの。

 歴史は繰返すと言うのか。真の実力者、庶民派宰相、立身出世の鏡、官僚を牛耳る無学歴、歴史を変える人。70年代に持て囃され、期待を担って圧倒的人気で首相に上り詰めた田中角栄。この人をも世論(マスコミが造る意見で有り、一般人が総意を募る訳では無い)と称して、叩き降ろす事が出来るマスコミ。どの会社も擁護しなかった。

 最近はやりのタイ格言で言うと「洪水になると、魚が蟻を食う。水が引けば蟻が魚を食う」。状況が変われば、こんなにも立場は変わる。日本では98%の人は平等だ。教育も受け、判断力も養い、技術や知識も持つ。状況が変われば立場も変わる。諦める事は無い。諸君、元気出そう。人が変われば、処変われば。えっ、単身赴任の転勤にしょげるなと云っている訳では有りません。

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2008/12/03

病院の救急患者受入拒否

Photo  札幌で1300gの未熟児早産の受入れを7病院が拒否し、あげくに新生児集中治療室(NICU)を持たない病院が受け入れ、10日後に新生児は死亡したと云う報道が有った。受入れ拒否病院の理由は「医師が手術中」「ベッドが満床」と言う事だ。新生児の家族の落胆はいか程だろう。

 受入れ拒否の病院の関係者は平気なのだろうか?そんな事は無い。結果を聞かされた日には、眠れないほどの無念を感じているだろう。その不祥事を司る病院行政の当事者も、そんな街に住む住民も、誰もが無念を感じている。緊急を要する事態に救急車は5分で到着。受け入れ病院を決定して搬送終了するのは2時間後。何かが狂っている。

 この1ヶ月だけでも病院の受入れ拒否に因る悲劇の報道は、姫路、東京、福島、郡山、札幌、沖縄、奈良、佐賀、東京と続いた。一般市民は単純な疑問を感じる。医師会又は地域のベッド数を調整翻弄する医療行政組織が救急車の受け入れ窓口になって、現在の受入れ可能病院を把握すれば済むのではないか。個々の病院は、好きで受入れ拒否をしているのでは無い。「受入れ不可能」と言う言葉が妥当で「受入れ拒否」では無いと思われる。

 一般の会社では「飛越禁止ルール」が当たり前だ。他部署間の業務依頼は、担当者同士でなく、トップ(部長)を通すのだ。飛び越しを許すと拒否と馴れ合いが生じ業務が滞る。救急車は正に「飛び越し」で病院に連絡をしている。病院行政の当事者は民間会社の部長であるべきだ。行政は民間に頭を下げて、仕事のこなし方を教わってみてはいかがだろう。当たり前な事に気が付かない、誰の処にも有り勝ちですが。

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2008/11/30

横浜 初霜か

 昨日は窓から見える農地にが降りた。今日は降りない。霜が降りるにも、いろいろ条件が有るようだ。物の本では、霜は空気中の水蒸気が昇華・結晶して出来る地表の雪だと云う解説も有る。気温はプラスでも地面はもう氷点下になっていたのだろう。ちなみに29日の横浜の最低気温は8.1℃だそうだが、この農地では気温3-4℃位に下がったと思われる。

 霜は自動車の窓に付くと厄介だ。屋外の駐車場を利用する人は毎朝の苦労が身に滲みる。あまりに毎朝毎朝苦労するので、今は屋根付き駐車場にしている。同じ気温で屋根無しだと、びっしり霜。屋根有りだと霜は付かない。月に3千円高いのだから年間3万6千円の差だ。でももう屋根無しには戻れない。もっとも塗装の痛みや雨天時の乗降の楽さも有るが。  

Sany0015_2  霜は霜柱と違って地面を持ち上げる事も無く、害は無いのかと思っていたら、やはり寒さに弱い農作物は枯れたり、黄色くなったり黒くなったり変色し、被害は甚大のようだ。早めの収穫が必要だ。もっともほうれん草などの冬野菜は、霜にあたった方が甘味が出ると云う説も有る。ちなみに私の実家は、関西の農家だ。

 二十四節季の「霜降」は旧暦10月末だから丁度今頃だ。根こそぎ作物を痛める霜柱は地中の水分が毛管現象で吸い上げられて起きる。地面いや自分の為れの果て。その点、霜は可愛いものだ。相手によってになったり、滋味を増やしたり。まるで貴方のそばに居る「下川」さん、「下田」さん、「下○」さんみたいなものだ。毛嫌いせずに自分が変われば味方になりますよ。

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